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南京・つくられた”大虐殺”~シリーズ南京事件(1)

【配信開始】2014年7月26日
【再生時間】15分34秒
【番組URL】https://dai.ly/x7wt844

来年2015年の戦後70周年に向けて、反日攻勢が強まっています。その最大の論点の一つが「南京大虐殺」。
ザ・ファクトではシリーズで南京大虐殺の嘘に迫ります。

※<2020年10月追記>YouTubeによって動画が強制削除されたため、Daily motionにて公開しています。下記に、ニコニコ動画バージョンもございますので、弾幕付きもご覧ください。

不可解な点の多い「南京大虐殺」

第二次世界大戦中の1937年12月13日、日本軍は中国の首都、南京市に入りました。それから6週間にわたって、日本軍が一般市民、捕虜を30万人殺害し、強姦、略奪、放火等の暴行を行ったとされるのが、いわゆる「南京大虐殺」。南京事件、南京虐殺とも呼ばれます。しかし、30万人もの大量虐殺が実際に起こりえたのか疑問視する声が多数存在しています。

不可解な点(1) 南京事件の前後で人口が減少していない

近現代史研究家の阿羅健一氏は、事件後に南京市内の人口が減少していない点を指摘しています。日本軍が南京に攻め入った時点で南京にいたのは20~25万人ほど。その後治安を保つため南京城内の敗残兵と市民の分離を行った際、子供や老人を含めて20~25万人の南京の市民がいたということです。30万人の虐殺があったならば、このような人口の記録が残っているはずはありません。

阿羅さん「全然変わってない」

不可解な点(2) 現地で市民虐殺を行うことは日本軍にとって不都合

元大尉の男性は、当時南京市民に昼食をふるまってもらったエピソードを話し、市民を殺害などしたらそのような恩恵を受けられるはずがない、市民を安定させる必要性があったのであり、虐殺などありえないと語ります。

小田さん

小田さん「飯を食わせてくれる」

小田さん「そんなに殺したら」

不可解な点(3) 実際の南京難民区はのどかで、日本軍との関係は良好だった

立命館大学特別任用教授の北村稔氏は、日本軍が南京入りした後もそこに居続けるにあたって、市民の反感を買うことは不都合だという点を指摘します。また虐殺があったとされる時期の南京では、カメラを向けると笑顔で答える南京市民や、日本軍の庇護のもと平和を取り戻した人々の写真や動画が数多く撮影されています。

(ジャーナリストが撮影した、南京入場当時の写真)

現地写真03

現地写真02

現地写真01

北村教授「どこを切っても」

不可解な点(4) 「南京大虐殺」は中国共産党の出版物にすら載っていなかった

元共産党のエリートで、日本に帰化したジャーナリストの鳴霞(メイカ)氏は、1979年まで中国共産党の教科書を含む一切の出版物に、南京で30万人もの虐殺があったことなど記載されていなかったと証言します。また、鳴霞さんの祖父は「中国人民30万人以上の殺害は蒋介石率いる国民党がやったんだ、なぜ日本がやったことになっているんだ」と、驚かれたとのことです。1979年までに話題に上らなかった南京事件は果たして存在しえたのでしょうか。

鳴霞さん「蒋介石がやったと教えていた

南京の市民たちは日本兵相手に商売をしていた

当時南京にいた元分隊長の男性も、入城直後から市民が日本兵相手の商売をしていたと証言しています。南京城内には露天が何軒か出ていたとのことで、その屋台で買った象牙の印鑑を、その男性は今も大切に持っていました。このような平和な商売をしている一方で、毎日たくさんの人が虐殺されているというような状況は全く考えられません。

近藤平太夫さん

これが印鑑です

中国で就職した男性も南京事件の話を聞いたことがない

また、当時、学生として現地に近い大連にいたという男性も、旗を振って日本軍を歓迎した城内の人の話が印象に残っていると話します。その方は中国で就職しましたが、同僚の中国人たちからも、30万人も殺されたなどという話はいまだに聞いたことがないそうです。もし本当にそのようなことがあれば、友人同士の会話で必ず耳に入るはずです。

佐藤さん

佐藤さん「旗を振って」

中国による欧米の新聞や書籍を使っての宣伝工作

「南京大虐殺」は宣伝工作による報道や書籍によって、実際に起こった事件として世界に知れ渡りました。

事例(1) 取材ではなく、中国側の人間のメモによって書かれた米国新聞の記事

「南京事件」は、日本軍が南京に入城した2日後の12月15日には米国メディアで取り上げられていました。12月15日のシカゴデイリーニュースでは「市内の通りはいたるところに市民の死体や中国軍の装備・平服が散乱していた」とあり、18日のニューヨークタイムズには「南京における大規模な虐殺と蛮行により、南京は恐怖の町と化した」と書かれたのです。しかし、この新聞記事の内容は、記者が自分で目撃したものではなく、南京大学の教授で国際院会の中心メンバーの一人、マイナー・ベイツが記者たちに渡したメモがもとになっていたのです。このベイツという人物は中立的な第三者ではなく、中国国民党政府の顧問であり、中国の宣伝工作に加担していたのです。

NYT

シカゴDN

シカゴ・NYタイムズの記事も

ベイツ

ベイツも加担していた

事例(2) 中国国民党中央宣伝部の顧問が英国新聞の特派員を務めていた

南京入城の翌年(1938年)8月にはイギリスの新聞マンチェスターガーディアンの特派員、H・J・ティンパーリーが、『戦争とは何か』を出版し、南京の惨状を世界に訴えました。しかし、著者ティンパーリーもまた、中立的な第三者ではなく、中国国民党中央宣伝部の顧問だったのです。これについては曾虚白(ソウキョハク)という国民党中央宣伝部の国際宣伝所長の自伝に「我々は手始めに、金を使ってティンパーリー本人とティンパーリー経由でスマイスに依頼して、日本軍の南京大虐殺の目撃記録として二冊の本を書いてもらい、印刷して発行することを決定した」と記されています。

戦争とは何か

ティンパーリー

田伯烈

国民党宣伝部顧問

曾虚白

曾虚白自伝00

曾虚白自伝01

中国は国際世論を誘導し、干渉を求めた

北村稔氏はこれらの事例に対し、「組織的な裏工作があった」「いかに欧米人のジャーナリストを抱きこんだかということを物語っている」と分析します。そして、このような組織ぐるみの対外宣伝の理由について、中国の国民政府には、アメリカや世界の世論に訴えて干渉を求めた意図があったのだと言います。中国のあまりの熱心な訴えに、他国はそれが全くの嘘であるとは考えられずにだまされてしまう――しかし実際には、中国は政治目的の嘘を作り上げたのです。

北村教授y「裏工作やってる」

日本軍は30万人の市民虐殺や女性2万人の強姦など行ってはいない

市民虐殺をおこなったのは蒋介石率いる国民党

鳴霞氏は、揚子江に大量の死体が流れ着いた写真の真相について、「国民党が日本軍の入城から逃げようと船に乗ったとき、一般市民も逃げようとして、船が難民でいっぱいになった。国民軍が乗る隙間をつくるために、市民を機関銃で殺した。その中には、子供や女性・老人もいた」と話します。国民党が市民を殺害した直後にタイミング悪く日本軍が来たため、全て日本のせいにしたのだといいます。

鳴霞さん「国民党がやった」

日本軍が2万人もの女性を強姦した話は単なる噂話から広がった

阿羅氏によると、日本軍が2万人の女性を強姦した話の根拠となるものは、ラーベというドイツ人が上海の大使館に送った電報ただ一つだといいます。この電報が送られたのは、南京入城の翌年1月で、「2万人の強姦があった」という内容にも関わらず、ラーベが直接見聞きした強姦事件は1件か2件で、あとは単なる噂でしかなかったのです。

阿羅さん「ラーべが直接見たのは」

阿羅さん「単なるうわさ」

戦後の東京裁判で南京大虐殺の罪を着せられた日本

「南京大虐殺」は、虚構の産物であることが今回の取材で明確になりました。しかし戦後の東京裁判で、日本は30万人の大虐殺を行ったとして断罪されてしまったのです。

虚構の産物

明らかにされた東条英機元首相の胸中

東京裁判でA級戦犯となった東条英機元首相の本心が、2013年5月10日、大川隆法総裁の霊言によって明らかにされました。

霊言フリ

大川隆法著 霊言『東條英機、「大東亜戦争の真実」を語る』より

従軍慰安婦と南京大虐殺の話があるけど、私は断固認めないからね。絶対あんなことはなかった。日本の軍人の、陸軍・海軍の人たちの、そのモラルの高さは、世界最高水準だったんだ。これについては私は絶対に譲らない。私は絞首刑になったって、地獄の悪魔扱いされても構わないけれどね、日本軍人がそんな規律を乱して略奪・暴行を、そんな犯罪を繰り返すような軍隊だったというようなことは、絶対に、絶対に認めない!

日本のために戦って死んだ300万の英霊を祀ることぐらい義務ですよ!そのぐらいのことを、どうして外国人に説得できないんですか、あなた方は!悔しい!そのぐらい反論できないんだったら、あなた方は日本人として情けないです!私は恥ずかしいですよ。もう(戦後)70年たって、まだそういう思想から抜けられない。それを反論できない。子孫たちに対して情けない! 武士道の心を持ってないということに対して、やっぱり恥ずかしいという気持ちを、日本人に、持っていただきたいと思ってるし、アメリカ人は、日本に対して不当なことをしたのは、ちゃんとその部分については、フェアに扱っていただきたいという気持ちを持っています。

霊言「日本の軍人の」

霊言「世界最高水準だった」

東條英機霊言

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「南京大虐殺」は、1970年代に入って、日本や中国で再び取り上げられ始めました。しかし、なんといってもこの事件を世界に広めたのは、1997年にアメリカで発刊されたアイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』でした。次回の「ザ・ファクト」では、誰が何のために「南京大虐殺」を世界に広めたのかを追及していきます。

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