2013年8月に韓国で発刊された『日本軍慰安所管理人の日記』。
大東亜戦争末期のビルマとシンガポールで
慰安所の管理人をしていた朝鮮出身の朴氏が記した日記だ。
この日記を紐解くと、慰安婦がどのような生活をしていたのかが手に取るようにわかる。
慰安婦は「性奴隷」だったのか
「軍による強制連行」はあったのか
慰安婦の真実に迫る。

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『日本軍慰安所管理人の日記』とは

2013年8月、
韓国で『日本軍慰安所管理人の日記』という本が発売されました。

日記表紙


この日記は、ビルマ(現ミャンマー)とシンガポールの慰安所の帳場で働いていた朴氏が、
1943年1月1日から1944年12月31日までの2年間、ハングルと漢字とカタカナにより書いた日記で、
そこで働いていた慰安婦たちの日常が描かれています。

日記原書12


日記を発見したソウル大学名誉教授の安秉直(アンビョンジク)氏は、同著の最後に、
『広い意味での強制動員と呼んでも問題がないだろう』
『性的奴隷状態と捉えても差し支えないのではないだろうか』
と述べ、慰安婦の「強制連行」「性奴隷」の証拠であるかのように記しています。

アンビョンジク

安秉直ソウル大学名誉教授


THE FACTでは、この日記を精読し、
2013年10月に『中国よりヒドい言論統制!韓国の「反日」事情』と題して、
その一部をお伝えしました。

今回は、番組内で伝え切れなかった
『日本軍慰安所管理人の日記』の日記を
もう少し詳しく、お伝えします。

なお、日本語翻訳にあたっては
原書『日本軍慰安所管理人の日記』(イスプ出版社)と
『日本軍慰安所管理人の日記』(日本語翻訳版)を参考にさせていただきました。

どこが「性奴隷」状態!?

12月31日
慰安婦19人が皆同じところに集まって、楽しく新年を祝賀した。

大晦日に楽しく新年を祝賀していたようです。

6月9日
今月からは女子は煙草配給がないが、倶楽部の稼業婦に対しては接待用として特別に毎日10本の配給がある。

6月17日
稼業婦の特配米を受け取ってきた

奴隷なのに一般女性よりも待遇がよかったようです。
では一般女性は奴隷以下!?

8月31日
今年4月初めに帰郷した共栄倶楽部の稼業婦、尹○重から無事帰還したという葉書が届いた。

9月9日
村山氏宅で3,4ヶ月も一緒に泊まっていたせいか、私が朝鮮から連れてきていた○子が惜別の涙を流す姿を見ると、胸が痛くなる離別だ。

奴隷が故郷に帰るときに惜別の涙を流したり、
わざわざ無事故郷に帰還したという手紙を送るでしょうか?

3月10日
55師団から金川氏の慰安所をマンダレー近くのイエウという所に移転しろという命令があり、今日、某所の部隊長が来て、行こうと言っていたが、慰安婦一同は絶対反対で、行けないとのこと。

部隊長に「絶対反対で行けない」と逆らうことが普通に許されていたようです。

8月13日
鉄道部隊で映画の上映があって慰安婦たちが見てきた。

これは、休日の出来事のようですが、
慰安婦たちは映画を見ることもできたようです。

8月4日
「営業ができずごろごろしていて、慰安婦たちも退屈でたまらず」

「・・・(絶句)」

日本人と結婚する慰安婦もいた

10月25日
宮本敬太郎と、慰安所の前慰安婦だった現仲居が今般結婚した

当時は朝鮮も日本だったので、
宮本敬太郎氏の出身地まではわかりませんが、
慰安婦が日本人と結婚したという証言は
以前、THE FACTでもインタビューを収録しています。

シンガポールの慰安所では、廃業し帰郷する慰安婦が続出

3月3日
慰安婦の順子とお染の二人が廃業した

4月13日
眞弓の内地帰還に関する異動届を提出してきた

7月9日
金本○愛と、妹の○愛が廃業のため帰郷する

11月5日
仲居の絹代に対する解雇同意書と、稼業婦の秀美の廃業同意書を交付してもらった。

日記には、慰安婦を廃業して故郷へ帰った人が具体名で記載されています。

順子やお染(44.3.3)、
松本鏡玉や郭○順(44.3.14)、
金川光玉や島田漢玉(44.4.12)、眞弓(44.4.13)、
金本○愛や○愛の姉妹(44.7.9)、絹代や秀美(44.11.5)、
金○先や金○愛(44.11.16)および金○守(44.11.22)など。

そもそも「廃業」「解雇」「稼業婦」といっているところが、
「商売」であった確たる証拠と言えます。

解雇

お染廃業

原書より

慰安婦の募集は、朝鮮人の業者が行っていた

12月3日
去る7月初旬にラングーンで慰安所を経営していた金田氏は、慰安婦を募集するため朝鮮に行ってきたという。そして今回に慰安婦25人を連れてビルマに帰る道に、シンガポールに到着したらしい

12月5日
西原君のところに行き、遊んでから、金田、徳山等、ビルマで慰安業をしていたが、慰安婦を募集し再びビルマに戻る両氏に会い、故郷の消息を聞いた。

これらの記述からも、
慰安婦の募集は慰安所経営者が行っていたことがわかります。

これだけ業者がいるのに、なぜ敗戦が近づく戦争末期の大変なときに
軍隊を出動させてまで20万人も「強制連行」しないといけないのでしょうか。

これも「強制連行」がなかった証拠と言えます。

「慰安婦は性奴隷でもなければ、軍に強制連行されたわけでもない」ということがわかる日記


このように、日記の記述を紐解くと、
「慰安婦が軍に強制連行されたり、性奴隷であったということはない」
ということがわかります。

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