2020.06.12 | 中国
5月28日に閉幕した中国全国人民代表大会で、香港版「国家安全法」を導入する決定が採択され、「香港の自由」の崩壊が目前に迫ってきた。一方で、「中国共産党内部対立」という新たな兆候も見えてきた今回の全人代。
今回のザ・ファクトでは、中国全国人民代表大会の最新事情を中国・台湾など、東アジア国際関係論の専門家である澁谷司氏をお迎えして香港問題を中心に解説していただいた。
※本記事は動画ではカットしたインタビューも掲載しています。

澁谷先生プロフ写真

澁谷司(しぶや・つかさ)氏
1953年生まれ。
元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。
ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)のビジティング・プロフェッサー。
東京外国語大学中国語学科卒業後、中国・台湾など、東アジア国際関係論の
専門家として活躍している。

香港版「国家安全法」でなにが規制されるのか

リサイズ__0004_Still0610_00000

里村英一(以下、里村):今回、香港版「国家安全法」によっていろんな動きが規定されるとかありましたけど、この法律によってどうなるのかというところをお聞かせ頂けないでしょうか。

澁谷司(以下、澁谷):基本的にはデモや集会の禁止。それから言論の自由がなくなるということをイメージして頂くといいと思いますね。中国国内においてはデモやストライキ等ができません。言論の自由もありません。それから、自由にSNSでものを発しても中国共産党に都合が悪いと削除されることがありますので、それと同じことを香港でも中国共産党としては行いたいということです。つまり「完全に言論の自由を封じること」が国家安全法の肝だと思っています。

里村:この中には外国勢力との連携も罪に問われる場合があるというのが今回入っているというのが、ちょっとすごいなと思ったのですけれど。

澁谷:これは、前から中国共産党が言っていることで、必ず香港問題を語るときはアメリカやイギリス、場合によっては台湾が後ろから糸を引いているのではないかということを言っています。もちろん、アメリカやイギリスと関りがある人や企業等がかなり狙い撃ちされる可能性はありますよね。

里村:もう一国二制度とは名ばかりで、中国本土並みですね。

澁谷:ですから、香港は「一国一制度」になる可能性は十分あると思います。

中国共産党の香港版「国家安全法」導入の狙いとは

里村:また、「国家安全法」を香港に適用するとして世界中が騒然としています。アメリカもすぐそれに対して批判をして大騒ぎになっていますけど、これに対してはどのようにご覧になっていますか。

澁谷:今の習近平政権自体がかなり経済的に厳しい状況にあります。なんとか外に向けて力を誇示しようとして、習近平さんは「中国の夢」を掲げて登場しました。その「中国の夢」である世界制覇を狙っていて、世界的にコロナが蔓延していて、そのどさくさ紛れに自らの勢力を他国にも及ぼしたいという気持ちが強いのではないかと思います。香港に関しては、昨年9月か10月くらいに人民解放軍を投入して、香港の民主化を潰す予定でしたけれども、残念ながらそれはできなかったと。その代わりに香港版の国家安全法を今回制定して、徐々に香港を一国二制度から一国一制度、つまり直接統治することによって、香港を中国の中に取り込んでしまいたいという思惑が強いと思います。

香港版「国家安全法」導入の狙い②~香港に「一国一制度」を実現する~

里村:この香港の一国二制度に関しては、返還後50年はそのまま維持だということでしたが、23年で事実上の一国一制度に向かおうとしているとして批判も高まっています。これに対して、一部の政治家やマスコミ等に登場する識者の中からは
「中国の主権の問題なのだから文句言ってもしょうがない」という話もあったりするのですけど、このへんはいかがでしょうか。

澁谷:もともと鄧小平さんが国際公約ということで、50年間は香港に一切干渉しないと言ったのにも関わらず、簡単にひっくり返してしまったと。それはなぜかというと、鄧小平さんを超えたい習近平さんが2014年の全人代の常務会で、
香港に民主的な選挙制度を導入させないようにしました。民主派の人が行政長官になって中国共産党がコントロールできないと考えたのでしょう。そのために、民主派がそもそも立候補できないような制度にしました。そういう形をとったから、香港の雨傘運動が起こるわけですね。ですから、その時から習近平さんとしては、完全に香港民主派を阻止して、一国二制度を“1.5制度”くらいにして、さらに一国一制度にしようと目論んでいるのではないかと思います。

リサイズ__0018_Still0606_00006

香港版「国家安全法」導入の狙い③~鄧小平を超えたい習近平の野心~

里村:そうすると、突然の動きではなくて、それをやっていこうという意思の方に段々と香港に対する「一国一制度」が進んだわけですね。それに対する反発として、民主派の方からデモという形で起きたということですね。一方で、来年が中国共産党結成100周年という記念すべき年でもあると考えると、ある意味で2020年というタイミングは来るべくして来たとも言えますね。それは習近平の野心であると同時に、習近平主席の党内での立場そのものが危ないということもあるわけですね。

澁谷:そう考えることが自然ですよね。そう考えない限り、香港版「国家安全法」を導入するなんてことを考え付きもしませんよね、普通は。

リサイズ__0017_Still0606_00007

里村:中国というのは、党内対立が起きると国家を丸ごと巻き込む事業を始めます。例えば、毛沢東の時代は大躍進政策だったり、あるいは文化大革命ですね。私から見ると、“お家芸”みたいだと思います。

澁谷:おっしゃる通りですね。本当は2012年秋の党大会で李克強さんがトップになる予定でした。

リサイズ__0003_Still0610_00001

ところが、江沢民さんが「胡錦涛派の李克強がトップになるのはおかしい」ということで、自分達の意見を聞いてくれるだろうと思った習近平さんを担いだわけですね。ところが、習近平さんは中国国内では無名だったわけですね。奥様の方が国民的な歌手として有名で、習近平さんが出てきたときには「これ、誰?」と言われたくらいだったのです。それで、実際に習近平さんがトップになると今度は、王岐山さんという非常に有能な方を使って江沢民派を徹底的に叩いてしまったという経緯があります。

リサイズ__0002_Still0610_00002

習近平さんは「鄧小平を超えたい。毛沢東に近づきたい」という気持ちがものすごく強い人で、それができるかどうかの客観的な判断はできてない人だと私は思っています。だから、「中国の夢」として「中華民族の偉大なる復興」とおっしゃいますけど、復興したからといって、世界が幸せになるかといえばそれは別問題ですよね。だから、世界的に平和裏に出てくる場合ならいいのですが、このように対外的に強行的な軍事力を使って、外交でも強面外交を行って、世界に登場しようとすることは誰も望んでないと思うのですね。ましてや、香港は一国二制度で、本来ならば50年は今までの体制が保証されているのにも関わらず、全然保証されてないということで香港の人たちは危機感を持っているわけですね。

歴史的誤算だった中国民主化への期待

里村:もともと1997年香港が中国に返還されるというスパンなのですが、当時私も雑誌で取材していましたけれど、世界の多くの人が50年もあれば中国も民主化していくだろうと信じていたように、徐々に豊かになっていけば必ず自由で民主主義の方に向かうのだと思っていましたもんね。50年たったら、独裁共産体制の中国に香港をそのまま預けるみたいな気持ちは当時なかったですもんね。

澁谷:2010年代になってくると中国は「経済発展すれば民主化する」というこれは仮説にすぎなかったわけですが、アメリカもそれに乗っかって一生懸命中国をサポートしたし、いろんな意味で技術的にも経済的にも軍事的にもアメリカは中国に対してサポートしました。もちろん日本もサポートしたのですが、サポートしたにも関わらず、中国は民主化しないどころか逆に独裁的になっていったという皮肉がありますね。

今年の全人代で起きた2つの不可解な現象

リサイズ_Still0612_00002

李克強首相は香港版「国家安全法」導入の反対派!?

里村:今回の香港版「国家安全法」の全人代での可決のときに、意外にも反対が1、棄権6でした。秘密投票なのですけど、ボタンを押す投票なのでどこに誰が座っているかは分かる形ですよね。よく反対1人と棄権6人もいたなと思ったのですけれど、どんな方が反対や棄権をしたのでしょうか。

澁谷:棄権はいいと思うのですけど、多分香港代表の田北辰さんだと思うのです。田さんはある意味民主的なものの考え方が出来ている人だけども、今後全人代には二度と呼ばれない可能性がありますね。ちなみに、李克強さんは、なぜか人差し指でボタンを押さないで中指で押したので、実はこの法案に関しては反対なのではないかという見解もありますね。本当は反対なのだけど、反対できないので一応中指で押して、意思を示したのではないかと言われています。

リサイズ__0001_Still0610_00003

リサイズ__0010_Still0606_00014

全人代前日に北京で起きた異常気象は「天の警告」なのか?

里村:また、全人代はこれまでどちらかというと日本人の中でその会議の内容に注目する人というのは必ずしも多くなかったし、なかなかテレビのニュースにもなりえなかったのですけれど、今回は会議の内容もそうですし、全人代前日に北京が昼間なのに一転闇に閉ざされて、雷が鳴って異常気象だというのが話題にもなったので、だいぶ中国に対する見方が変わってきていると思ったのですが、いかがでしょうか。

澁谷:そうですね。今回は新型コロナのことがありましたから、全人代はものすごく注目されたのですよね。偶然なのかどうか分かりませんが、まさに天変地異的に北京のかなりの部分が闇に閉ざされて、かつ雷が鳴ったり、中南海の自然湖、人工湖合わせてかなり溢れたりしたこともありました。非常に北京の人たちも驚いたみたいです。 

里村:中国の考え方にも昔から天の警告もありますけど、なんとなくそう思わせるものがありましたね。

リサイズ__0009_Still0606_00015

リサイズ__0008_Still0606_00016

香港版「国家安全法」がこれからの中国共産党に及ぼす影響

里村:今後、共産党の常務委員会で法律の細かい制定作業が行われて、これが施行されるのが早ければ6月、遅くとも香港立法議会選挙前ということで8月とも言われています。このまま本当に法律は制定されて施行までいくのでしょうか。

澁谷:いくと思いますね。香港の人たちがいくら騒いでも、なかなか制定を阻止するのは難しい。アメリカが本気になって国家安全法を阻止しようとすれば、もしかすると阻止できる可能性は残っているのではないかと思います。アメリカには中国共産党幹部たちの企業とか資産がたくさんありますから、それを全部凍結するという形をとる。まず香港の今までの優遇措置をストップさせると。これも中国共産党にとっては大きいのだけれど、決定的なのはアメリカ国内の資産プラス会社全部を押さえられると中国共産党は干上がってしまいます。

里村:中国はこれに対抗する動きで、アメリカからの豚肉や大豆などの農産物を輸入停止するということを発表しまして、こういう動きはますますこれから激しくなってくるのでしょうか。

澁谷:だからといって、急にホット・ウォー、熱戦になるかというと、それはちょっと疑問で、いわゆるコールド・ウォー、冷戦が始まっていて、それが激化していくと思います。もしかすると、小競り合いくらいの形でなにか起こるかもしれないけど、局地戦くらいしか考えられませんよね。大規模な戦争になった場合、お互い傷つきますから、それはないと思いますけど、どこか南シナ海等でドンパチやる可能性はないとはいえません。

中国の顔色を窺い続ける日本の政治家たち

里村:今回の国家安全法の適用について、アメリカは強い調子で非難するし、イギリスもオーストラリアもやっていますけど、日本だけは憂慮とか弱い表現で言っていますけど、これについてはいかがでしょうか?

澁谷:ご存知のように自民党の中には親中派といわれている、二階幹事長を始めとした国会議員がいます。今回、国家安全法反対の自民党議員、これは超党派だからそうでもないんですが、55人集まって何人か増えたから、多分70人くらいです。国会議員何人いるか知らないですが、その中でたった70人や80人ではしょうがない人数ですよね。それ以外はみんなはっきり言って親中派ということですよね。ですから、親中でもそのことに関してけしからんと思えばいいんのだけれど、親中派の人たちは見事に署名していませんよね。ですから、日本の政治家というのはハニートラップにかかって、金をもらっているかで。中国企業もものすごく日本に入り込んでいますから、有名なのはIR事業で秋元司さんが捜査されましたけど、彼に近い人はみんな親中派ですよね。親中派で中国企業からお金を受け取っているということですから、このような状況では、やはり日本政府自体がそれほど強く言えるかどうかですよね。
安倍首相自体は恐らく親中派ではなくて、親台派だと思うのですが、日本の首相というのはあくまでも閣僚の中のトップというだけであって、イギリスのような場合は同じ議院内閣制であっても官僚まで首切れるくらいの力がありますけれど、日本の場合は大臣を挿げ替えるくらいしかできないですからね。ということで、官邸がどうのこうのといっても権力が集中していないのですよね。それはいい面もありますが、こういう大切な時にはやはり官邸がしっかりしなければいけないのです。やはり中国の影響を受けている自民党議員や、とりわけ公明党の場合は与党ですけど、公明党もかなり中国に近いわけですから、そうすると安倍首相はかなり足を引っ張られるということになるのではないかと思います。

香港問題が習近平政権を追い詰める

里村:この香港問題についていろいろお伺いしてきたのですけど、これから政治スケジュールが進んで、香港に国家安全法が適用されていくことで、どうなっていくのでしょうか。

澁谷:香港自体は限りなく「一国一制度」になっていくのですが、もしアメリカが中国共産党幹部の資産及び中国企業の資産をアメリカ国内で凍結するということになると、中国はアメリカに対して経済的な反撃はあまりできないだろうから、
違ったところで香港いじめをさらに行うのではないかと思います。

習近平政権はあと2年で終わり?浮上してきたポスト習近平問題

里村:そうするとある意味で、習近平主席は自分の基盤固めのためにやってきたことが結果的に世界中の反発を受けて、むしろ基盤が弱ってきて、習近平主席の進退問題や共産党の今後にも影響が出てくるのですかね。

リサイズ__0005_Still0606_00019

澁谷:出てくると思いますね。ですから、習近平さんは前回の中国の憲法改正で、任期を外して終身制にしましたけど、再び任期制にするとか、新しい指導部の人事を始めないと間に合わなくなる可能性があるわけですよね。ポスト習近平の話も出てきています。ということは、習近平さんはあと2年ですかね。2022年で終わりかもしれません。

里村:そうですか。ということは、香港の国家安全法そのものがこれからの1~2年先の未来に大きな影を落としてくるということですね。我々もそういうつもりで香港情勢をしっかりウォッチしていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

澁谷:ありがとうございました。

こちらもご覧ください

中国の半数近くの平均収入が○○円だった! 全人代で分かった経済成長の“ウソ” 〜シリーズ「中国は今」⑦【ザ・ファクト】
https://thefact.jp/2020/1997/

サムネイル_経済編

香港民主化の流れは2020年、台湾総統選へ(ゲスト:澁谷司氏)〜シリーズ「中国は今」⑤【ザ・ファクト】
https://youtu.be/VrgRENh5TXY

第5回サムネイル

「なぜ戦い続けるのか」香港市民に現地で聞いた切実な叫び【ザ・ファクトREPORT】
https://youtu.be/loBPwMVf9u4

サムネイル

【MV】Free Hong Kong,revolution now~“A Little Bird With No Name”【THE FACT】
https://youtu.be/kB49zcr7sog

恍多MV「名もなき little bird」サムネイル 英語版