香港の自由を奪う国家安全維持法が施行された。政府への抗議のデモすらも犯罪となるこの法律によって、香港の「一国二制度」は崩壊した。「自由の砦」香港は今後どうなってしまうのか?香港の人々を救うことはできるのか?中国専門家の澁谷司氏に伺いました。

澁谷先生プロフ写真

澁谷 司(しぶや・つかさ)氏
1953年生まれ
元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。
ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)のビジティング・プロフェッサー。
東京外国語大学中国語学科卒業後、中国・台湾など、
東アジア国際関係論の専門家として活躍している。

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香港国家安全維持法施行までに起きた中国共産党内部での摩擦

採択から可決までの時間がかかりすぎている

里村:香港国家安全維持法ですけども、私的に見ると最も早いペースで法律が決まって、施行されたという風にも思えるんですけども、澁谷先生はご覧になって印象はどうでしょうか?

澁谷:意外と私は、遅かったかな思うんですよね。なぜかと言います時間稼ぎみたいなとこあったんですね。それはどうしてかと言うと、おそらく最初の段階では中国共産党内部でも意見があまりまとまってなかったんじゃないかと思います。

里村:5月28日に全国人民代表大会(全人代)で香港版国家安全法を制定する方針を採択して、それから6月30日に全人代常務委員会で可決・成立しました。

澁谷:そうです。常務委員会で可決するまで一か月以上ありましたよね。本来ならばあれが、1週間ないし2週間以内でできるかなと思ったんですけども、そうじゃなかった。それはどうしてかというと、おそらくこれらの私の推測ですけども、香港に関する条項に関しては、アメリカやイギリスなんかがかなりプレッシャーをかけたのと同時に、北京の中でご存知のように第二波の新型コロナが流行りはじめて、チャイナセブンといわれる政治局常務委員たちはほとんどが北京から逃げている状況だったので、審議ができなかったんじゃないかと思うんですね。

チャイナセブンとは
中国共産党の最高指導部、中央政治局常務委員7名のこと。序列順に、
習近平(国家主席)、李克強(首相)、栗戦書(全人代常務委員長)、
汪洋(副首相)、王滬寧(中央政策研究室主任)、趙楽際(党中央規律検査委員会書記)、韓正(副首相)

チャイナセブン©つき

チャイナセブンの中に反対派がいた

里村:なるほど。しかしそこで重要な話は、全人代のしかも常務委員の中で、もしかしたら慎重派ですね、やっぱり反対派がいたんじゃないかという点ですね。

澁谷:はい、仰る通りですね。ですから一説によると、反対派が常務委員会に半分ぐらいいて、それで党内とかの最高指導部の中でも、
そのギリギリのせめぎあいがあったと言われております。

里村:最終的には一応、常務委員会で全会一致ということにはなっていますが、それは。

澁谷:でも常務委員会には常務委員長の栗戦書氏しか出席しておらず、残念ながらいわゆるチャイナセブンのうちの6名の方は、つまり習近平氏や李克強氏が出てないですよね。だからあの姿を見てもあの変だと思わなければいけないんだと思うんですよね。

栗戦書©つき

里村:なるほど。そうすると我々としては、覚えおかなければならないことは国家安全法の可決は、意外と無理を重ねた決定であった
可能性があるということですね。

9月の香港立法会選挙で民主派は議席を獲得できるのか?

里村:そしてまた次にお伺いしたいのが、香港のこれからなんですけども、早速、国家安全維持法違反で逮捕者が出て起訴されたと。
今後、香港が沈黙の方向に行くのか、あるいは9月の議会選挙で民主党が躍進するのか、これについてどう思われますか?

香港立法会

(香港立法会総合ビル)

澁谷:ご存知のように、去年行った区会議員選挙ですね、見事なまでにその民主派が議席をたくさん取りましたが、今回も、そうなるかどうかは微妙ではないかと考えています。香港立法会選挙では、70議席のうちの30議席は、実はもう初めから決まっているんです。なぜかと言うと職能団体という、各種産業別の団体がございまして、そこから一定数が選ばれます。それが残念ながらその親中派が圧倒的に多いわけですよね。ですから職能団体の30議席のうちに、おそらくは最低でもに20議席、場合によっては25議席くらいが親中派が占める可能性があるんです。その残りの40議席で、例えば民主派が6割とっても24議席です。だから民主派が過半数の36議席を取れるかどうか。それは非常に難しいような気がします。というのは、現在はもうデモもできない状況ですから、果たしてその民主派の票が伸びるかどうかというのは、大変疑問を持っております。

香港の人々座り込み

(平和的な集会であっても国家安全維持法施行後は厳しい取り締まりを受ける/2019年ザ・ファクト撮影)

「なぜ戦い続けるのか」香港市民に現地で聞いた切実な叫び【ザ・ファクトREPORT】
https://youtu.be/loBPwMVf9u4

サムネイル

日本人も罪に問われる可能性がある国家安全維持法

「一国二制度」はかつての夢?

里村:それともう一点、国家安全維持法第38条の問題。あれものすごくですね、私もあの日本全国あちこちへ行くと、多くの方が、「国家安全維持法は日本人も引っかかるんですか?」という質問をいただくことが頻繁にあります。でも、日本人も逮捕される可能性があるというだけで、十分やっぱり中国政府が狙う萎縮効果というのが出てくるかなと。そうすると香港内部でもなかなか声は上げられない。海外からも難しい。そして議会でも親中派が再び過半数を占めるとなると、もう香港が完全に沈黙化していくというか。もうほとんど中国化ですね。

※香港国家安全維持法第38条ではこの法律が外国人が外国で行った行為にも適用されることが定められている。
「第38条 香港特別行政区の永住権を持たない者が本法に基づき、香港特別行政区外の香港特別行政区に対して犯罪を犯した場合、この法律が適用される。」

澁谷:そうですね。ですからもう一国二制度は、かつての夢という風になってしまいますよね

香港警察②

(デモに参加する市民を警棒で威嚇する香港警察/2019年ザ・ファクト撮影)

日本人が気を付けるべきことは?

里村:それから我々個人の問題なんですけども、例えば香港の自由民主主義を守るために実際に報道したり、あるいはデモに参加したりしたりすると、場合によっては罪に問われる恐れがあるということですが、我々日本人はどのような行動が果たして取りうるんでしょうか?

澁谷:なかなか難しいと思います。目立たないように、SNS等で発信する場合には、自分の本名が出ないように注意しながら声を上げていくしかないと思うんですよね。それがまあ多分一番いいと思います。あとは、有名人だとさすがに中国もつかまえにくいんですけども、有名でないと捕まえられる可能性ありますので十分気をつけましょう。

※第36条の規定により、日本人であっても、香港に入境する際や香港籍の船舶・航空機に乗る際などに逮捕される可能性がある。
「第36条 この法律は、香港特別行政区に登録されている船舶または航空機内での犯罪にも適用される。」

香港警察①

(香港国際空港で市民を取り締まる香港警察/2019年ザ・ファクト撮影)

非難を強める欧米、弱腰の日本

里村:さて現在、アメリカ政府は、言葉だけではなく、行動で香港応援を示そうとしています。また、イギリスなども香港の人たちにパスポートを積極的に出すと発表しています。しかし、その中で日本だけが今回、菅官房長官が会見で「遺憾です」としか言いませんでした。これは前回の「憂慮してます」より、厳しい表現だというんですが、澁谷先生は日本政府の対応についてはどう思われますか?

澁谷:やっぱり腰が引けてますよね。それはもうしょうがないですね。この番組でも以前、お話しさせて頂いたかもしれませんけども、日本の自由民主党の場合はですね、財界からお金をもらってるということがあります。その財界は親中派の方、つまり中国とビジネスをやってる方が多いから
どうしても自民党としてはそれを考慮しなきゃいけないのと同時に、あの田中角栄さんの派閥の残りである二階さんを中心とする派がですね、依然としてまだ元気なわけでありまして、ですから親中的な行動をどうしても取りたがるし、それは仕方ないですね。あとは与党内に入ってる公明党自身も、ご存知のように
やはり親中派であるということですね。

澁谷先生1s_親中派多い与党

澁谷:ですから、「憂慮してる」とか「遺憾である」というぐらいしか言えないかもしれませんけど、少なくとも本当は、香港市民は素晴らしい人たちが多いから「是非とも日本として受け入れたい」と、積極的に発言された方がいいと思います。ご存知かもしれませんけれども、香港の人達はかなり優秀な人たちが多く、香港の大学はどの大学もみんなレベルが高いです。ですから、そういう優秀な人たちをどんどん受け入れるべきです。そして香港人は、日本を好きだとは言わないけど、好きな人はたくさんいますので、日本が好きだと言っているのはアグネス・チョウ氏だけではありません。ですから優秀な香港の方に是非とも日本に来て頂いて、日本で働いてもらえばいいわけでありますから。

里村:そうですね。我々も9月に行われる香港立法議会選挙、そしてその後の香港と、今後も香港の動きに注目していきたいと思います。本日はありがとうございました。

2s_発信すべき

こちらもご覧ください

全人代開幕前日に北京で雷鳴!香港版「国家安全法」の裏で中国共産党が内部対立!?〜シリーズ「中国は今」⑥【ザ・ファクト】
https://thefact.jp/2020/1988/

サムネイル_香港編

香港民主化の流れは2020年、台湾総統選へ(ゲスト:澁谷司氏)〜シリーズ「中国は今」⑤【ザ・ファクト】
https://youtu.be/VrgRENh5TXY

第5回サムネイル

【MV】Free Hong Kong,revolution now~“A Little Bird With No Name”【THE FACT】
https://youtu.be/kB49zcr7sog

恍多MV「名もなき little bird」サムネイル 英語版

雨傘革命の「女神」に独占インタビュー!【ザ・ファクト】
https://youtu.be/SHedmQo_i7U

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