2016年1月17日、記事を加筆・修正しました。

「イスラム国(IS)」の宗派は何か?
サウジアラビアとイランの国交断絶の背景にある宗派対立とは?
中東問題を理解する上で、
最低限必要な「イスラム教の宗派の違い」についてまとめてみました。

こちらの記事もおすすめ

イスラム国(IS)とは何か?よくわかる中東問題(1)
サウジアラビア、イラン国交断絶の背景にあるものは? ①「イスラム教 宗派の違い」
「イスラム国」はアメリカによってつくられた?よくわかる中東問題(2)
「イスラム国」樹立1年 現状と今後をどう見るか よくわかる中東問題(8)

二大宗派「スンニ派」9割「シーア派」1割

イスラム教には大きく分けて
「スンニ派」「シーア派」という二大宗派があります。
(他にもシリアなどに広がる「アラウィ派」などがあります)

人口比率を見ると、イスラム教徒のおよそ9割がスンニ派、
およそ1割がシーア派です。

スンニ派 9割

スンニ派が中東に広く分布するのに対して、
シーア派はイラン、イラクを中心に広がっています。

シーア派は少数派ではありますが、
1979年にシーア派による「イラン革命」を実現して以降、
中東地域で存在感を増しています。

スンニ派とシーア派の違い

スンニ派が重視しているのは、預言者ムハンマドが
遺した「慣行(スンニ)」や「教え」。
一方、シーア派は、預言者ムハンマドの「血統」、
つまり「誰が後継者に相応しいか」という点を
重視しています。
逆に、それ以外には礼拝時に腕を組むか(スンニ派)、
組まないか(シーア派)といった点や、
一日に礼拝を規則通り5回行うか(スンニ派)、
3回に凝縮しているか(シーア派)といった程度の
違いしかありません。

スンニ派 シーア派 概要


なぜ宗派が分かれたのか?

宗派が分かれたのは、
イスラム教の開祖ムハンマド没後に起こった
後継者争いによってでした。

ムハンマド没後、預言者の代理人としての「カリフ」が
初期信者の合意によって選ばれました。
初代アブーバクル、二代ウマル、三代ウスマーンと
預言者と直接血の繋がっていない者が
カリフとなりましたが、四代目でようやくムハンマドの
従弟であり、義理の息子でもあるアリーがカリフに
選出されることとなります。

しかし、三代目ウスマーンの息子、ムアーウィアと
後継争いで対立。
その後、対立は調停されますが、
もともとアリーを支援していた者たちの手によって
アリーは暗殺されてしまいます。
対照的に、ムアーウィアはウマイヤ朝を興し、
初代カリフに就任します。
この後継者を巡る対立がスンニ派とシーア派に
分裂した淵源となりました。
(シーアという言葉が「派」という意味を持ち、
「アリー派」という意味を持っています)

宗派対立を背景とする混乱

イラン人女性

今年に入って、サウジアラビア(スンニ派)と
イラン(シーア派)が国交を断絶しました。

これは、サウジアラビアがシーア派の高位聖職者
二ムル師を処刑したことがきっかけでした。
イラン国内では、処刑に反発する群衆が
サウジ大使館を襲撃。
それを受けて、サウジアラビアは
イランとの国交断絶を決定しました。
今回の国交断絶には様々な要因がありますが、
背景に宗派対立があることは間違いありません。

また、「イスラム国」誕生の背景にも
宗派対立が存在します。
「イスラム国(IS)」はスンニ派に属します。

「イスラム国」が勢力を伸ばしている
イラクとシリアでは近年、スンニ派は抑圧されていました。
イラクでは2003年のアメリカ侵攻以降、
多数派を占めるシーア派によってスンニ派は政治の中枢から
追いやられました。
シリアではスンニ派は多数派ではあるにもかかわらず、
アラウィ派であるアサド政権によって、
イラクと同じく中枢から外され、抑圧されていたのです。

現在、「イスラム国」は「抑圧されたスンニ派の解放」
という大義を掲げ、イラク、シリア国内で
勢力を伸ばしているのです。

「イスラム国」は、自分たちと異なる考えの「スンニ派」をも敵とみなす

樹立1年、「イスラム国」の現状と今後をわかりやすく解説!【よくわかる中東問題(8)】

さらに、「イスラム国」の場合は、異教徒である欧米のみならず、
シーア派のイスラム教徒、
そして同じスンニ派をもジハードの対象にしています。

つまり、彼らにとっての「敵」とは
①「異教徒」
②「シーア派の人々」
③「スンニ派であっても、欧米の価値観に迎合し、
 シャリーア(コーラン、ハディースなどを法源とした法律)に背く人々」
となります。

彼らは欧米などの「外の敵」よりも、
むしろイスラム教徒内の「内なる敵」のほうが
罪は重いと彼らは考えており、
だからこそ、同じスンニ派の国であるトルコやインドネシアでも
テロ事件を起こしているのです。

実際の中東では宗派対立に関しても様々な意見がある

記事画像フォーマット

現在、スンニ派とシーア派による宗派対立が
非常に顕在化してきました。
しかし、実際には、現地で多様な意見があります。
例えばエジプトの筆者の友人は、イラン(シーア派)のことは大嫌い、
認めないと言い、イラン(シーア派)の友人は、
サウジアラビア(スンニ派)は悪魔の国だと言います。
一方、別のイランの友人(シーア派)はスンニ派の人と
同じ部屋に住み、同じモスクで礼拝をしていました。
その人は「スンニ派とシーア派の違いは、
礼拝時に手を前に置くか横に置くかだけ、
それだけの違いだよ」と言っていました。

この記事では宗派対立について述べてきましたが、
対立は必ずしも宗派の違いによるものだけでなく、
政治的な利害が大きくかかわっており、
中東内にも様々な見解があります。
実際の生活レベルではスンニ派とシーア派は、
同じイスラム教徒として、
ある程度、融和して暮らしている例も多いということを
最後に付け加えておきます。

こちらの記事もおすすめ

イスラム国(IS)とは何か?よくわかる中東問題(1)
サウジアラビア、イラン国交断絶の背景にあるものは? ①「イスラム教 宗派の違い」
「イスラム国」はアメリカによってつくられた?よくわかる中東問題(2)
「イスラム国」樹立1年 現状と今後をどう見るか よくわかる中東問題(8)